デットーリの伝説や凄さを解説!成績や経歴がとんでもなくヤバい!

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ランフランコ・デットーリが8年ぶりに来日~~!ということで盛り上がっていますね!

11月24日のジャパンカップ、デットーリの勝利の大ジャンプは見られるのか・・・楽しみです。

ということで、今回は、デットーリ騎手の伝説やデットーリの凄さを解説していきます!

さらにデットーリのとんでもなくヤバい成績や経歴をまとめてみました。

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デットーリ騎手の伝説や凄さを解説!

8年ぶりのデットーリの来日。世界NO1ジョッキーと名高いデットーリの伝説や凄さを見ていきます。

引用元:JRA-VAN

デットーリ騎手の伝説とは?

✔1992年、中山で行われたヤングジョッキーズワールドチャンピオンシップ(JRA初参戦)でいきなり優勝し翌年も連覇。

✔1996年9月28日のアスコット。全7競走を全て勝つ「マグニフィセントセブン」を達成。アスコット競馬場にはデットーリの銅像が出来た。

✔2000年6月1日、デットーリが乗っていた小型機が墜落。パイロットは即死したがデットーリは奇跡的に生還。

✔ビッグレースを制した後、馬の背中から万歳で飛び降りる「フライングディスマウント」「デットーリジャンプ」
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引用元:異常オッズを捕獲せよ(ブログ)

✔2002年に日本でジャパンCダート(イーグルカフェ)、ジャパンC(ファルブラヴ)で2日連続G1V。吉田照哉・社台ファーム代表は「デットーリが乗ると5馬身違う」と驚嘆した。

引用元:スポニチ

デットーリ騎手の凄さは?

世界各国でG1レースに勝利した回数は220勝、日本のGIレースも4勝している。

引用元:Wikipedia

 

父のジャンフランコ・デットーリもボルコンスキー、ウォローで英2000ギニーを連覇し、日本にも第2回と第3回のジャパンカップに2度来日した名騎手であった。

引用元:Wikipedia

デットーリ騎手のお父さんも名騎手!

サイドビジネスとして、「フランキー・デットーリ・ピザ」や「フランキー・デットーリ・イタリアン・レストラン」を経営しており、ロンドン上海に店舗を展開

引用元:Wikipedia

世界にビジネス展開・・・現役ジョッキーでありながらすごいです。

 

ビュイックの成績まとめはコチラ⇒ビュイック騎手の成績まとめ!日本での戦歴や経歴も調べてみた!

マーフィー騎手のまとめはコチラマーフィー騎手の成績まとめ!評価や特徴・戦歴を調べてみた!

デットーリ騎手の成績のまとめや経歴!

デットーリ騎手の成績は上記だけでもすごいのが分かりますが、さらに経歴も合わせて詳しく紹介します。

引用元:JRA-VAN

デットーリ騎手の詳しい成績のまとめや経歴

近年のG1勝ち
2018年:
コロネーションC(イギリス):クラックスマン
ガネー賞(フランス):クラックスマン

2017年:
英チャンピオンS(イギリス):クラックスマン
クイーンエリザベス2世S(イギリス):パースウェイシブ
凱旋門賞(フランス):エネイブル
ヨークシャーオークス(イギリス):エネイブル
ジャックルマロワ賞(フランス):アルヴケール
キングジョージ6世&クイーンエリザベスS(イギリス):エネイブル
愛オークス(アイルランド):エネイブル
英オークス(イギリス):エネイブル
ケープダービー(南アフリカ):イーディクトオブナント

2016年:
BCフィリー&メアターフ(アメリカ):クイーンズトラスト
英チャンピオンズフィリーズ&メアズS(イギリス):ジャーニー
愛セントレジャー(アイルランド):ウィックローブレーブ
モルニー賞(フランス):レディオレリア
ダルマイヤー大賞(ドイツ):エリプティク
セントジェームズパレスS(イギリス):ガリレオゴールド
英2000ギニー(イギリス):ガリレオゴールド

引用元:JRA-VAN

現在48歳のデットーリ騎手。

14歳で単身イギリスにわたり、ルカ・クマーニ調教師の下で修業を積む。

15歳のときにイタリアで初勝利を挙げる。

クマーニ厩舎のマークオブディスティンクションでG1クイーンエリザベス2世を制してG1初制覇を果たした1990年には141勝をマーク!

10代ジョッキーとしては名手レスター・ピゴット以来となる年間100勝を達成!

1994年にドバイのモハメド殿下が率いるゴドルファンの主戦に抜擢。

100を超えるG1レースをゴドルフィン、あるいはモハメド殿下の所有馬とのコンビで積み重ね1994、1995、2004年には英チャンピオンジョッキーの座に君臨

1996年9月28日、英アスコット競馬場で1日全7レースを全て勝つ(通称マグニフィセント・セブン)英国史上初!ブックメーカーに50億円を超える損失を与えたと言われている。

2000年6月、ニューマーケット競馬場からグッドウッド競馬場へと移動する際に飛行機が墜落し、右足首骨折、頭部打撲などの重傷を負ったが、同乗していたレイ・コクーン騎手に助け出され九死に一生を得た。

2012年10月、翌年以降のゴドルフィンとの専属契約の解消が発表。

2012年12月、同年9月にフランスで騎乗した際に行われた尿検査で禁止薬物が検出された。2013年5月まで、騎乗停止処分が課せられた。

2013年7月、デットーリの大ファンだったというカタールのジョアン殿下と主戦契約を結んだことで再び足掛かりを掴む。

2013年9月、トレヴでG1ヴェルメイユ賞を制して復帰後初のG1勝利となる。

その後も、ジョン・ゴスデン調教師が管理するゴールデンホーンでG1凱旋門賞、G1英ダービー、G1愛チャンピオンS、エネイブルでG1凱旋門賞、G1英オークス、G1キングジョージ6世&クイーンエリザベスS、クラックスマンでG1英チャンピオンSを制すなど大一番で際立った勝負強さを見せている。

英ダービーはオーソライズド、ゴールデンホーンで2勝、凱旋門賞はラムタラ、サキー、マリエンバード、ゴールデンホーン、エネイブルで史上最多の5勝、ドバイワールドCもドバイミレニアム、ムーンバラッド、エレクトロキューショニストで3勝。大レースを勝ったデットーリ騎手がウイナーズサークルで馬からジャンプして飛び降りるフライングディスマウントはすっかりおなじみとなっている。

また、日本でも2002年にはイーグルカフェでG1ジャパンCダート、ファルブラヴでG1ジャパンCを制して2日連続のG1制覇という偉業を達成。ジャパンCは、ファルブラヴのほかにアルカセットとシングスピールでも制しており、計3勝を挙げている。

引用元:JRA-VAN

以上、デットーリの成績詳細や経歴をご紹介しました!

まとめ

今回は、デットーリの伝説や凄さを解説!成績や経歴がとんでもなくヤバい!と題してお届けしました。

禁止薬物で騎乗停止期間があったようですが、ここ一番の勝負強さは最強ですね。

それでは、今回はここまでとなります!最後までご覧いただきありがとうございました。

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